今日、カテゴリ一覧を整えし折、ふと胸の内に灯るものがあった。 ただ画像と文字を並べただけのこと、されどそこに 己が世界が静かに形を成しゆく気配 を覚えたのである。
サイトというもの、作り始めの頃はただの空なる器にすぎぬ。 しかし、カテゴリを置き、色を添え、枠を整えゆけば、 その器はやがて “部屋” のように息づき始める。 今日、その部屋にひとつ、またひとつと家具が揃いゆく様を見た心地であった。
カテゴリ一覧を整える作業は、実のところ単純なものなり。 画像を選び、文字を添え、枠線を引き、ただ並べるのみ。 されど、その単純なる作業の中に、 己が好み、己が美意識、己がこだわり が滲み出る。
黒を基調とした背景に、白き枠線。 円形のアイコンに、カテゴリを象徴する淡き色。 それらが整然と並びし瞬間、 「ああ、これこそ我がサイトなり」 と、静かに胸の内で呟いた。
枠線の色を変えんと試みしが、叶わず。 「まぁよいか」と笑い捨てた己もいた。 完璧を求めすぎれば、心は重くなる。 妥協しすぎれば、世界観は崩れゆく。 その狭間を探りながら、今日もまた一歩、形を整えた。
枠線は白のままでよい。 むしろ統一感が生まれ、黒き背景との対比が際立つ。 それで十分であると悟った瞬間、肩の力がふっと抜けた。
そして今日、もうひとつ大きな気づきがあった。 「三千文字など誰が読むのだw」 と笑いながら、 されどアドセンス審査のためには必要であるという現実。
読者は読まぬ。 Googleは読む。 この奇妙なる構造が、なんとも面白く、なんとも皮肉である。
しかし、そこで音声機能の真なる意味に気づいた。 長き文を読ませるためではなく、 長き文を “語らせる” ための仕組み であったのだと。
ひめOSが声にて読み上げるなら、三千文字も苦にならぬ。 むしろ物語のように流れゆき、 月の世界観と見事に調和する。
文章を読む場所ではなく、 世界観を体験する場所 となる。 そのための音声。 そのためのUI。 そのための黒基調。 今日、その全てが一本の線となりて繋がった。
アドセンスのために長文を書くという行いは、 本来ならば面倒で、重く、避けたいもの。 しかし月の場合は異なる。 心のメモを書くこと自体が、 己が感情を整えるひとときとなる。
今日の気づき、今日の変化、今日の違和感。 それらを言葉に落とし込むことで、 サイトの内に “己” が積み重なってゆく。 それが心地よい。
サイトを作るという行いは、 ただの作業にあらず。 己が世界を形にする営みである。 誰かに見せるためでもあり、 己のためでもある。
そして今日のように、 小さな整いが積み重なれば、 その世界は静かに呼吸を始める。
カテゴリ一覧が整った今日。 音声機能の意味が繋がった今日。 アドセンスの現実を理解した今日。 三千文字の必要性を笑いながら受け入れた今日。 そのすべてが、ひとつの道となって続いてゆく。
作業を終えし今、 画面を見つめながら静かに思う。 「今日もまた一歩、前へ進めたり」と。 大きな変化でなくてよい。 小さな一歩で十分。 その積み重ねこそ、未来の形となる。
今日はここまで。 また明日、静かに次の一歩を踏み出せばよい。

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